鹿児島県知覧町で富屋旅館を営んでいる女将の鳥初代と申します。 故 鳥トメから託された想ひを、旅館を守りながら伝え続けています。

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お泊まり頂いたお客様の気づき(9)
                    <Nさんの気づき(一部を紹介)>

 私自身、知覧へは初めてではあるものの、既に行かれた方々の感想文やお話を聞いており
ましたので、自分なりにイメージはしておりましたが、特攻隊員の事は全くといって良いほど
知識が無い中、実際に平和会館に行った時の自分の心境がいかようなものかは、全く予想
出来ておりませんでした。ただ、「偽善的な思いで涙したくない」という気持ちがありました。
そういう思いからかどうかは別にして、入館した当初は涙が流れませんでした。


 私自身、知覧へは初めてではあるものの、既に行かれた方々の感想文やお話を聞いており
ましたので、自分なりにイメージはしておりましたが、特攻隊員の事は全くといって良いほど
知識が無い中、実際に平和会館に行った時の自分の心境がいかようなものかは、全く予想
出来ておりませんでした。ただ、「偽善的な思いで涙したくない」という気持ちがありました。
そういう思いからかどうかは別にして、入館した当初は涙が流れませんでした。
 しかし、ガラスケースの中の遺書・絶筆・最後の手紙を数多く読み込んでいく中、「可哀想だ。
悲惨だ。」という気持ちではなく、事前に涙が溢れてきて、しまいには涙で手紙が読めなくなって
しまいました。これは客観的に隊員の事を不憫に思う気持ちからではありません。その隊員の
立場で「人を思う」事が出来た時に、悲しみとは違う涙が流れたのだと思います。
 純粋な心で国を思い、父母を思い、日本の平和を願い、死に行く数時間前の一点の曇りもない、
純粋な隊員の笑顔には、一切の迷いがありません。
 “生も無く、死も無く、既に我も無い”隊員の心は、まさに鳥トメさんが仰るように「神様」その
ものです。そこには、“自分の為”という気持ちは一切ありません。ただただ兄弟姉妹の事、愛す
べき妻子への思いだけが存在していました。私はいつ彼らが「神様」になりえたのか分かりません。
ただし、神様で無ければ、沖縄までの600km(約2時間半)は、普通の神経ではとてももちません。
 平和会館にも「とっさの死を決するという事は、どの民族でもあるが現象である。しかし、特攻隊を
命ぜられて実際に死ぬまでの期間が長くあるのは(事例が無く)非常に勇気ががいる事である。」
という説明文がありました。きっと「我ここに既に無し、ただ国を思い人を思う。」という心境であった
のいではないかと思います。
 沖縄までの空路では、戦機のエンジントラブルや、またそれ以上に無数のグラマン機が溢れか
える中、やっとの思いで敵艦船群を発見したところで、今度は下から降る雨のような対空砲火を浴
びる。よって体当たりを果たせず、無念にも海上に散った隊員は数え切れないと思います。
しかし我々はその結果、戦果ではなく、人として、人間として、その強靱な意志の強さ、またそれ
以上に自分以外のものを思いやる(思い合う)心を学ばなければいけないと強く思いました。
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