鹿児島県知覧町で富屋旅館を営んでいる女将の鳥初代と申します。 故 鳥トメから託された想ひを、旅館を守りながら伝え続けています。

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「俺が死んだら何人泣くべ」と書いた若者が居た
 知覧へは、日本人として行かなければ、と思っておりました。
現在の知覧は、茶畑に恵まれた、靜かで平和な所で、当時、特別攻撃隊の出撃基地と
なっていた事は想像がつきません。十代から二十代の若者達が、どんな想いを胸に
抱いて、知覧の大地を飛び立って行ったのか・・・

今では彼らが、残していった手紙等から推測することしかできません。彼らやトメ
おばさんが払った以上に尊い犠牲を知りません。現在の我が国は、当時の人々の想い
に少しでも報いているのでしょうか・・・
私にはわかりません。

 散華した若者達の魂は、故郷へ帰って静かに眠っているのでしょうか。
死を目前にしつつも、「俺が死んだら何人泣くべ」 と書いた若者には圧倒されま
したが、穴沢さんの手紙が胸に突き刺さりました。またいつか知覧を訪れたいと思います。  
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